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昭和電工グループの技術の系譜

昭和電工グループの技術の系譜

個性派製品はここから生まれました。

日本の基幹産業は、戦前の航空機、終戦直後の肥料、その後の自動車と時代につれて変わってきましたが、これらの産業のベースには必ず化学産業がありました。
次世代の産業の主役になる環境とエネルギー/ライフサイエンスに向けて、昭和電工グループの技術は日本をそして世界の産業を支えるために日々進化しつづけます。

1.電気化学がすべてのルーツ

19世紀末から20世紀初頭にかけて、水力発電を利用した電気化学工業と、石炭を基礎とする石炭化学工業が成立しました。水力発電を利用した電気化学工業は、塩の電気分解による電解法、苛性ソーダ工業、カーバイド工業に続いて、水の電気分解により得られる水素を原料とするアンモニア合成工業へと多角的な発展を遂げました。石炭化学工業は、コールタール原料にした染料から、各種医薬品などの有機化学品に発展するとともに、コークスから生産される水素を原料にアンモニア合成工業を含む一大工業へと発展しました。
昭和電工グループの創業者・森矗昶翁は、ヨード事業を最初に、水力発電、マッチの原料となる塩素酸カリなどを事業化していましたが、電気化学工業に日本でいち早く着目しました。1931年(昭和6年)に国産法によるアンモニアを、また1934年(昭和9年)に日本で初めてアルミニウムの工業化に成功しました。

2.電気分解から エレクトロニクス、アルミニウム加工の先端製品へ

その後、ソーダ電解技術は、苛性ソーダなどの化成品・塩素誘導品に、水電解技術は水素ガスから、さまざまな種類の工業用ガスに展開し、高度な精製技術を付与することで現在の半導体向け特殊ガスに引き継がれています。また、溶融塩電解技術は、セラミックコンデンサーの材料となる酸化チタンへと発展しました。
1970年代のオイルショックを期に、電力を大量に消費するアルミニウム製錬事業から撤退、アルミニウムは合金の鋳造と圧延、押出などの高度な加工技術を進化させることで、自動車やOA機器の部材として発展の道を歩みました。また、アルミニウムの原料であったアルミナは、ケミカルアルミナに開発をシフトしました。さらにアルミナに含まれるガリウムの精製から化合物半導体のガリウムリン(GaP)が生まれ、そこから現在の超高輝度LEDへ発展しました。

3.電炉から カーボンナノファイバー、高機能セラミックス、そしてハードディスクへ

水力発電を利用した電気炉技術は、電極とセラミックスにそれぞれ結実していきます。電極は、当初自社のアルミニウム電解用の部材として天然黒鉛電極を生産していましたが、昭和初期からは電気製鋼炉で鉄を溶かす部材として用いられる人造黒鉛電極の研究に着手し、1935年(昭和10年)に最初の製品化に成功しました。戦後は電気炉の大型化に対応する大口径品の開発と品質の飛躍的な向上に努め、1970年代以降は、炭素繊維などの新素材開発に着手し、現在のカーボンナノファイバーの技術にまで発展を遂げました。
セラミックスは、ボーキサイトを電気炉で溶融してできるアルミナを原料に、汎用の研削・研磨材を最初に、鉄鋼を切削する高強度の結晶体や、半導体の基板を研磨する極めて微細な粉体を生産する技術を生み出してきました。この微粉で基板を平滑にする技術が、今日のハードディスクを支える重要な技術の一つです。

4.肥料から 石油化学、高分子、そして無機、アルミ技術との融合製品へ

アンモニアからつくられる硫安は、食料不足を解決するために必要な農作物の肥料の原料として、終戦直後から増産を行ってきました。一方、アンモニア合成の技術を応用して、工業用の基礎製品や医薬・農薬などの原料になる有機化学製品を生み出し、そして石油化学工業に展開し、日本の高度経済成長をリードする産業のひとつとして発展を遂げました。また、第1次世界大戦前から欧米で進展した高分子化学を基礎とする合成樹脂、合成ゴム、合成繊維などの工業化技術を導入、昭和43年(1968年)から大分コンビナートで川上から川下までの一貫生産体制を構築しました。

現在、昭和電工グループは、肥料をルーツとする有機化学の技術と、電気分解、電炉をルーツとする無機化学の技術を持つ、世界で唯一のメーカーとして、これらの技術の融合による新たな製品・技術を創造しています。

図:技術の系譜